4.緑道は誰のもの?そして、これからのこと


「緑道ハレバレMAP」の販売開始から1ヶ月が経つ。私の消極的な予想に反してありがたいほどにMAPの売れ行きは好調で、初刷完売が見えてきた。助成を一切受けずに全てポケットマネーで作り出したMAPなので完売に向かっている報告はホッとすると同時に、次のこととして、MAP販売チラシに記載されている「※制作費以上の収入は、すべて緑道の魅力を高める活動に生かしていきます」の文言が気になってくる。具体的に何をするのか、である。

MAP制作のために緑道をよく歩いた。北コースと南コースは趣が全然違うのでおもしろい。多くの若手のランドスケープデザイナーを集めて、いいものはどんどん採用すると競わせ作り上げていったと川手先生が言われた。エリアごとに趣が変わるのは、そんな影響も多分にあると思われる。ただ、北コースは座れる場所が少ない。ベンチが欲しいね、ハレバレベンチとして寄付できたらいいね、そんな純粋な夢に盛り上がった初期の思い出が蘇る。

一方で個人的には、緑道に散らばるゴミが気になって仕方がない。ベンチがあっても、目の前にゴミが落ちていたらくつろげない。定例的に自治会や公園愛護会による美化活動はあるが、ゴミは365日落とされるのである。大人数で大きなゴミ袋を持って繰り出して、一人当たりはあまりたくさん取れないゴミ拾いもあれば、個人で気が向いた時にせっせと拾う小さなゴミ拾いもある。MAP制作の散歩では、緑道のために個人で活動する方にも出会った。私もどちらかというと後者の人間。早速、役所の土木事務所へ行き、個人ボランティアの登録をしてみた。欲しい道具は貸出があるというので、ゴミ袋をたくさんと、卒業宣言をする日まで借りれるトング、そして何かトラブルがあった時には私の活動を証明?してくれる『案内カード』をいただいた。以来、緑道散歩へ行く時の私の楽しみが一つ増え、今日はゴミを拾おうかなとワクワク出かけていく(これがかなりゴミが集まって達成感がある)。ところが一つ問題がある。ゴミ拾いに開眼すると、今日は都心に出かけようとおしゃれをしている日。誰かと約束をしていて急いでいる時でも、ゴミが目に止まって仕方がない。そこを素通りする時の心苦しさ。ああ、近くにゴミ箱があったら・・拾って捨てれるのに。というわけで、私はベンチよりも先に、ハレバレゴミ箱が欲しい。ゴミ箱の設置に課題が多いことは分かっている。誰がゴミ箱を管理するのか、回収するのか。

土木事務所でもらえる「ボランティア案内カード」
土木事務所でもらえる「ボランティア案内カード」

ところで。

2022年10月の、旬な新しい緑道ショットを紹介したい。私はこの風景に、目が飛び出てスネを打ちそうになった。空に向かってカーブを描く爽快なランドスケープの流れの中に、歩行を阻止するかのように、異質な角張ったコンクリートの塊が、忘れ物のようにどどんと出現したのである。一つのブロックは高さが20~30cmもあり60cm角くらい、存在感が半端ない。新しいベンチにもならない高さ、少しでも危険な遊具は排除される昨今において挑戦的にとがったコンクリートの塊・・・。これが、小学校すぐ近くの緑道に複数あるのだ。街灯の老朽化対策なのだろうが、どうして?この形?この場所?と、胸がざわついて仕方ない。丸くはできなかったのか?この街灯に対して、こんなに大きな四角が必要なのか?(近くに直径30cm弱の丸型の同じ構造の街灯支えを見つけた)

 


土木事務所に電話をしようか。でも、作ってしまったものを私一人の希望で撤去してもらうことなどできるだろうか。実際に事故が起きたら変えるというのなら、我が身をもってスネを打って流血の足を携えて土木事務所に行くのが良策か。そんなボランティアは無理。だけど、どうしてこんなものを作る考えが浮かんでしまったのだろう。そんなことを考えていたら、川手先生の言葉とともに、緑道ハレバレ会結成の種となった一番最初の勉強会後の茶話会での光景が思い出されてきた。

港北ニュータウン・緑道のことを学ぼうという勉強会。その頃の私は、新築戸建の緑化率の減少傾向や隣家との距離が狭く感じられる分譲地に、ニュータウンらしい景観が崩れて行くのではないかという不安や、ナラ枯れが広がる緑道や公園の風景に環境破壊という漠然とした危機感に一人憤慨していた。何か手立てはありますか?と先生に尋ねたら、「みんなで景観協議会を作って、みんなが動けばいいんですよ」と言われたのである。その後も先生との会話の中で、「僕たちは街を作るところまで。街が街として活き出すのは、そこに住む市民が自分のものとして動き出した時」とおっしゃっていた。田村明氏のヨコハマ街づくりの著書の中にも、行政はまちづくりの舵取り役であり、実際に動くことや考えることなどは自治体(さらには市民一人一人)に任せる。いかに彼らを巻き込み、自分事にさせ、楽しく誇りを持ってもらうか、その仕掛けをかけるのが手腕が発揮されるところだ、という趣旨の記述もある。

結果的に私たちは景観協議会は結成せず、『緑道ハレバレMAP』の発行という方法で、この緑道の魅力を伝えて、少しでもこの緑道をお客様としてでなく”わたしの緑道”として愛してやまない仲間を増やすことにした。


MAPがよく売れている。マスコミにも複数取り上げられている。すごく嬉しいが、一過性のブームであって欲しくないと願ってしまう。自然がきれいでしょう、というだけの緑道ではなく、先住の方々との根気ある話し合い、その方達の土地の提供、若手のデザイナーたちの夢や熱気や悔し涙、それらを統括し叡智を注いだ川手先生たち専門家の方々のご苦労が詰まった、自然と人工が見事なくらいに融合した壮大な「作品」だと、私は知った。緑道を核としたグリーンマトリックスの仕掛けに見事にはまるようにして、コミュニティ活動が盛んに生まれ、今の都筑の暮らしの風通しの良さにつながっていく。全てが、計画された「港北ニュータウン」という巨大アートの中にあり、私たちは今そこに住んでいる。このことは本当におもしろい。MAPにはもっともっと、そんなことも詰め込みたかった。

土木事務所がどうしてあんなものを作ってしまったのか。土木事務所が悪いからではない。

港北ニュータウンの公園でよく見かける、大きな石をくり抜いて作ったお手製の水飲み場が壊れた。まもなく、新しい普通の水飲み場に取り替えられた。また、緑道内の石畳について「ヒールが挟まって折れた」「ベビーカーで歩きづらい」という苦情が土木事務所に入るという。その度に石(せっかくの味わいある白河石の間に!)の間にコンクリートを詰めたり、砂の道に変える補修も行われた。"聞こえてくる"市民の声を聞き、律儀に対応しているだけなのだ。

緑道の植栽についても、開発前の原風景を想起させるような樹木の選定が配慮されたというのに、このところプチ園芸花壇が出没し、ポップで可愛いのだが、どうも緑道の景観にはそぐわないチグハグ現象も起きている。

問題は、市民がどういう声を発するかだということ。行政はそれを見ているのである。

ここがなんの特徴もない児童公園なら、水飲み場も石畳も緑道の動線も、市民の税金を大切にするモットーで無難なものを選んで付け替えていただいて構わない。けれども、ここは違う。水飲み場一つ、石畳一つ、すべてが全体とのバランスを考えた意図的な作品なのだ。ニュータウンの完成を託された私たちが、自分自身もこの壮大な作品の一部である誇りを持ってこの景観の意味を理解しながら街を守り進化させていくか、これほどおもしろい港北ニュータウンをもはや過去の遺物として封印して、公園の多いファミリー向けの郊外都市の一つに埋没させてしまうのか。

 

石がテーマの緑道において、2022年型の石(コンクリートブロック)にこれほど心がざわつくだなんて、奇遇である。同じざわつきを感じる方が、MAP愛読者の中に生まれてくださったら本当に嬉しいと思う。

(nob)



展望スペース

(左)川和中学から月出松公園に向かう途中の石造りの展望スペース。ひっそりと存在していて見落としがちだけれど、とても素敵な空間です。

(右)代官山ヒルサイドテラスなどを手がけた槙文彦氏設計の川和中学校。特徴的なコンクリート打ちっぱなしの壁が、改修工事でクリーム色に塗られてしまいここも残念。

川和中学校